福岡伸一の動的平衡3

20151217の朝日新聞コラム 失ってこそ得られるもの

風呂場椅子独り占め。これはヒトが自分の体内で合成できない必須アミノ酸9種類、フェニルアミン、ロイシン、バリン------を丸暗記するための語呂合わせ。生物学の基本知識である。ヒトよりもずっと昔から地球上に存在する微生物あるいは植物はどんなアミノ酸でもほぼ自前で合成できる。なぜ、ヒトを含む動物は大事なアミノ酸の合成能力を失ってしまったのか。

学生の頃、教師に質問してみた。彼はこともなげに言った。「それは豊富な食物から取れるようになったからだよ」。納得できなかった。不要な能力となっても勝手に失われることはない。失うことが、生存により有利に働かない限りは。

その後ずっとこの問題を考え続けた。

あるアイデアが閃いた。太古の昔、突然変異によってアミノ酸の合成能力を失った微生物あるいは植物が現れた。致命的である。しかし致命的であるがゆえに、わずかでも自ら動く能力がことさら選別された。

失うことによって、より大きな力を得たのだ。動くことができれば食物の探査、捕食者からの逃走、新しいニッチの発見が積極的にできる。「動物」の誕生である。

つまり、必須アミノ酸の必須性こそが動物を動物たらしめた。

欠損や障害はマイナスではない。それは本質的に動的な生命にとって、常に新しい可能性の扉を開く原動力になる。




今回も深い。

欠損や障害はマイナスではない。それは本質的に動的な生命にとって、常に新しい可能性の扉を開く原動力になる。

人生においても。