尾野真千子さん

文芸春秋の記事。朝ドラ・ヒロインが語る「『カーネーション』と私」。

尾野真千子”で覚えられることが少ないとのこと。「あのドラマにでていた○○役の人」とか役名で覚えられることが多かった。それだけ役に入り込めてその役にしか見えないってことかなとプラス思考で思い込むようにしているとのこと。(気取らずええかっこせずに正直に語るインタビュー、好感をますます持つ。)

一昨年の「Mother」に出演した時は娘を虐待する母親役だったとのこと。(話題になってから見始めたので彼女がでているところは見なかったな。)そのドラマで彼氏役(やはり虐待をする)が綾野剛カーネーションで周防役。「オレらがこういうのやってるのっておかしいね」と二人で笑ったとのこと。

カーネーションの糸子からはとてもあのときの「虐待母」は想像できなくてホントに?とか同じ人とは思えませんとか言われるとのこと。

カーネーションまでは物静かな陰のある役が多かったし、素の自分もそれに近いので糸子役をするにあたって、撮影現場ではキャリアある人ない人誰彼かまわず話しかけるようにして期待に応えようと腹をくくって頑張った。

糸子を演じるにあたって、まず「ブサイクになろう」と決めた。何をするにも、「かわいい」と言われたり、見られたりすることを望まず、ひたすら「ブサイク」になろうと。

やっとつかんだ朝ドラのヒロインだから本当なら少しでも可愛く映りたいけどそれは封印して「恥ずかしい」という思いをなくすと決めた。(エライなぁ、やっぱり。私がホレただけ、見染めただけのことある!)糸子を演じるには恥ずかしがっていたら何もできない。思いっきり演技して、辛いことがあっても次の日には楽しいことを考えている。それが糸子。

いつか朝ドラの主人公にとずっと思っていた。でも何度もオーディションに落ちて。25歳あたりからは若くてフレッシュな人がヒロインをやっていたのでもう自分にはチャンスはないと思っていた。そこで気持ちを切り替えて「脇役でもいいから何かお手伝いしよう」と思うようにすると06年の「芋たこなんきん」で主人公の叔母役をもらった。なのでもうヒロインというのはないんだと思ったら、選ばれた。(彼女はこのあたりの気持ちを家にある醤油に例えて説明しているのもおかしい。)「やりたい、やりたい」と思っていたら手が届かなくて、「醤油」と思ったら手が届いたというのは不思議。

紅白でゲストとして出て激しく緊張。元旦は実家に帰って今年、初めて両親と3人の姉にお年玉をあげた。この先食べていけるのか不安で親にお年玉をあげる余裕なんてなかった。

(略)

思えば、中学3年の時、学校の下駄箱で河瀬直美監督と出会い、「またああいう現場に立ち会いたい」と思ったのがすべての始まりだった。メールでのやりとりだけで最近は会っていないけれど女優尾野真千子の生みの親は河瀬監督と思っている。意見が対立して喧嘩したりもしたけれど結局は「親」。嫌いになりきれないし気がつくと親の元に戻っていたりする。『萌の朱雀』から10年経って『殯の森』に出た。また10年経って河瀬作品にでられたらいいな。