伝える

講談社現代新書原発労働者」読了。

著者 寺尾紗穂 音楽家 エッセイスト
面白い人だ。ウィキペディアによれば、

父は元シュガー・ベイブのベーシストで、現在はフランス映画の字幕翻訳家の寺尾次郎
東京都立大学中国文学科卒業の後、2004年に東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化専攻修士課程に入学。2007年「評伝 川島芳子」で修士号取得。2008年には修士論文が『評伝川島芳子 - 男装のエトランゼ』として文春新書より刊行されている。 

私は7月だったかの朝日新聞の書評欄の「著者に会いたい」というコラムで知る。

たまたま、30年前の本「闇に消される原発被爆者」(樋口健二)を読み衝撃を受けた翌年、福島で原発事故が起きた。原発推進側の安全神話と隠蔽体質が批判されるなか、原発労働者の話は聞こえてこない。彼らは通常、どんな仕事をしているのか。劣悪な労働環境は樋口さんの時代よりも改善されたのか。事故後、福島の下請け労働者はどうしているのか。「それが知りたい。私は樋口さんの仕事を引き継ごうと思ったんです。」会えた元原発労働者らから、日常的なデータの改変、効率化で増えた「使い捨て」の非熟練者や謎の外国人労働者、労災認定の却下など、理不尽な労働現場の実態を聞き出す。

後書きに近いところで、彼女は書いている。

この本は終わりを迎える。けれど、この本で明らかにできたことは、原発労働の全体からいえば、ほんの一部である。樋口健二さんの著書を読んで、受けた衝撃。人を踏んづけて生きていた、という感覚は消えるどころか、世間があの震災から興味を失うにつれ、強まっていく。
今、この瞬間も、私は人を踏んづけて生きている。
そして、私が踏んづけている人々は顔のない人でも、意思のない人でもない。笑い、怒り、耐え、幸せを望む、普通の人間だ。
3.11後の現場から、ツィッターで情報を発信し続けているハッピーさんは2013年2月16日に「想い」というタイトルで次のようなつぶやきを書いている。

 家、生活、家族、父、母、妻、息子、娘、祖母、祖父、孫、恋人、仲間、友達、ペット、動物、会社、補償、保証、保障、お金、手当、雇用、保険、酒、睡眠、体力、健康、病気、甲状腺白内障、ガン、好奇心、記憶、トラウマ、恐怖、不安、ストレス、安心、後悔、絶望、不幸、希望---収束、線量、汚染、核種、除染、警戒区域、被曝、廃炉、再稼働、勉強、資格、熟知、無知、関心、無関心、無視、信頼、信用、嘘、裏切り、詐欺、捏造、真実、現実、安全、危険、発言、黙秘、黙認、汚染水、地球、自然、海、山、川、燃料、温度、時間、デブリチェルノブイリ、JCO---爆発、雨、風、雪、台風、地震津波、隕石、利権、圧力、政治、活動、日本、世界、エネルギー、責任、反省、罪、罰、罪ほろぼし、過去、未来、幸せ。
 今も1Fの作業員たちや除染の作業員たち、そしてオイラは、様々な思いをじっと心に秘めながら、未来に向かいコツコツ前に進んでるんだ。

私がもしも原発のある街に生まれ、仕事にあぶれていたら、迷わず原発労働を選んだだろうか。仕事がないからといって、事故後の福島原発に乗り込んでいく勇気を持ち合わせただろうか。当然ながら、私と原発労働者たちの間にはいくつもの隔たりがある。

それでも誤解を恐れずに敢えて言う。
私は彼らであり、彼らは私である。
私は、目の前に座る原発労働者のおじさんたちにそのことを教わった。原発労働者をどこか遠くに感じている限り、それは「ひとごと」で終わってしまう。「ひとごと」を「わがこと」として感じること。考えてみること。その一助に本書がなったのならば、この上ない喜びだ。
 しばしば、原発とその地域の問題については「いろんな立場の人がいるから---」「いろんな問題がからまっているから---」と言葉が濁される。しかし、推進派反対派に二分した、原発問題について、本当に必要なのは、そうやって問題に踏み込まないことではなく、いかに「わがこと」として、問いを立て、問題を考えていけるか、ではないだろうか。
 私はこの取材を始めた当初、80年代から現在に至る現場の労働者の声を拾い、実態を知った上で、原発の是非を改めて考えてみたいと想っていた。しかし、おじさんたちの生々しい話から見えてきたのは、立場の弱い原発労働者の問題だけではなかった。

 私がもしも東電社員だったらば、上司の不正を憎み、その恵まれた会社員の立場を捨てることが出来るだろうか。リベートを求められる設計士だったらば、その誘いを断ることができるだろうか。

 人間の美しさ、醜さ、弱さと強さ。原発立地地域をめぐってあらわになる、人間の在りようを胸にとどめ、これからの選択にどのような答えをだしていけるのか、それぞれが一度「わがこと」として考えてみること、その上で意思表示をしていくこと。
 他人のことを「わがこと」として考えるなど非現実的だというならば、せめて現場の声に耳を傾けること、状況を変えようと動く人に協力していくこと。
 到底変わりそうもない、原発労働の構造や原発をめぐる問題が少しずつ好転していくとしたら、そんなささやかな、でも裾野の広い、人間のつながりが生まれた時ではないだろうか。

 最後に、最も過酷な現場で奮闘する人々の声を拾い、共に歩む、「被ばく労働を考えるネットワーク」の連絡先を示して筆を置きたい。

  被ばく労働を考えるネットワーク
  〒111-0021東京都台東区日本堤1-25-11 山谷労働者福祉会館気付
  090-6477-9358(中村) info@hibakurodo.net
  郵便振替 00170-3-433582
  http://hibakurodo.net/

この本が単なる「知る」以上のもの--「深く感じさせる」力を持った本であることをこの日記を読んでくださる方に伝えたい。

原発労働者 (講談社現代新書)

原発労働者 (講談社現代新書)